山のイメージ

人間は生まれてからどの位すると、山というものの概念をはっきり抱くようになるのだろう。
もちろん、生まれて直ぐに山を目の前に見て育っていく田舎の子供と、都会で全く山の見えないところで、生まれ育った子供とでは、かなり違うと思う。田舎の子供は山に遮られて山の彼方が見えず、都会の子供は高層建築に遮られてしまい、嘗ては遠くに見えていたはずの山を見る機会は少ない。

だが、山の概念は、必ずしも実際の山を見ることだけで出来上がるものではないような気がする。子供たちにとっては、自分の近くに山があるかないかは、あまり関係が無いようにも思える。寧ろ絵本の中の山、耳から入って来る物語の山、あるいはテレビの映像によって山の概念が作られるような気がする。

私は、田舎で生まれ育った人間であるから、辺りは山だらけ四方が山に囲まれていたから、山に対する特別なことはない。ただ、小さい頃、小学校くらいのときは、西の空に聳える北アルプスの存在は、他の山と違い、あの山の向こうには何があるのだろうと思っていた。

紙と鉛筆を渡されて、山を描いてごらんといわれれば、幼いころは、周囲に見える山々を描いただろう。だから、都会の子供たちよりは、山という概念は早くに頭にあったような気がする。

でも、今の幼い子供たちは、頭の中にある絵本やテレビの残像を描こうとするのではないだろうか。
ただ、富士山はそういう場合にも格別で、山は描けないが富士山なら描けるという人が大人の中には必ずいるはずだ。

山を全く見ずに、特殊な環境で育った子供が、初めて、こんもりした木々におおわれた山を見たときに、土が高く盛り上がったところに沢山の木が生えているとは思わず、中身も全部木で出来ている、大きな森だと思ったとしても、今はそんな発想があっても不思議ではない。ちょっと信じられないような話だけれど、冗談とも言い切れない。そんな世の中になっている。
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   Image Mauntain View.  2008 February

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