晩秋の陽だまりの枝で、虎視眈々と?餌をねらっているカマキリ。よく見るとひょうきんな顔をしている。
仮面ライダーなどのモデルになりそうだ!
季節を色で表すとしたら秋は何色が似合うのだろうか。
それぞれの季節には、その季節にあったさまざまな色合いがあるのだろう。
秋は秋色なんだろう? 枯れ葉色、、ちょっとハイカラに言うとセピア色あたりが似合うんだろうか?
その反面、紅や黄などのあざやかな色合いが山全体を燃えるように覆い包む。
こうした色が秋色なんだろうな、と勝手に考えている。
別にこうだと決めつけることもないことなのだから。
それを”彩りの秋”などと言ってみて、自分が楽しめればそれでいいひと時なのだ。
森の中をひとりで気ままに、あてずっぽうにあっちへこっちへと歩きまわる。
足もとにの枯れ葉、枯れ枝をカサコソ、バキバキ踏みながら気持ちいい。
こんな時間をもてることがいいんだろな。
カヤの葉っぱは、手など切りやすい。子どもの時分は、野山、草むらのカヤの中を駆けずり回り、家に戻ってくると手足を何箇所か切って血がにじんでいたことがよくあることだった。
今は、すすきの透きとおった感じがとても好きだ。若い花穂は柔軟性があり、風にしなやかに踊る。が、もう十分にその役目を終えたすすきの穂は、硬くなり、風にふかれてもぎこちなく揺れる。
こんな風景は、人間もおなじようだ、なと思う。
枯れ葉で覆われた森の中を歩いていくと、この季節では何か不釣合いな緑色の葉が地面を蔓になって這っている。
そして、そのところどころにこれもまた、今となっては周囲の枯れかかった世界とは対照的な鮮やかさを誇示するような赤い実をつけている。つるリンドウの実だ。
春先には、釣鐘形をした、小さな紫色のリンドウの花を咲かせていたものが・・・・と、単に色だけの判断で、まったく違うもののような錯覚に陥ってしまった。
・・・リンドウという響きからは、やはり紫色の花を想像してしまうので・・・でも、こんな感覚は私だけかもしれない。。
黄金色に輝く重たい稲穂をたくさんつけていた。
たんぼの畦に生えている草は、まだ青々としていて、稲穂の黄金色とのコントラストが目をひいた。
この辺りには、大きな川がない。しかし、森林が多いこの山間部では、いたるところで地中に滲みこんだ雨水が湧き水となって小さな流れを作る。
幾条もの小さな流れも、寄り集まって水溜りをつくり、みずを満々とためる。
湖面のおおかたを水草がおおっている。少し前までは、どんなだったか花をつけていた名残りをみせている。
岸辺の黄色く染まりかかった木が、湖面にかがみ映しにしている部分黄葉も趣がある。
人知れず?自然界では、こんないとなみが繰り返されている。この繰り返しのうちにも、めぐみの光が満たされればあざやかに光り輝き、雨が多い時には、くすんでしまう。
やはり、天気や気温など自然の力が大きく左右していることを感じる
足もとに落ちている枯れ葉が、昨夜の雨でぬれて落ち葉どうしがくっつきあっている。
普段ならば、ふかふかでカサコソ カサコソ気持ちいい森のさんぽ道も、ちょっと期待はずれ。
でも、こういうときにこそ普段何気なく、ただ気持ちいい感触だけで歩をすすめている足もとに、あらためて色あざやかに一枚いち枚の落ち葉を発見して、得をしたような心もちになる。
彩りの秋
Nature Infomation & Obsarvation 2004 Nov.
2004 Nov. 11 tama